診療現場にいると、「倒れる」という症状を訴えて来院されるケースがあります。
倒れるという症状は一般に失神と判断しますが、失神とは一過性の全般性脳血流の低下により引き起こされる一過性の意識消失と定義されています。失神の場合、数分以内(多くは1分以内)に意識は回復します。今回紹介させていただくのは「状況失神」が認められた症例で、飼い主様がその瞬間をカメラにとらえ、前々からご厚意でその動画を共有してよいとおっしゃっていただいていましたので、この記事にて解説を交えて紹介させていただきたいと思います。
先ずはいただいた動画をご覧ください。動画の途中でワンちゃんが咳をし始めます。その後バタンと横に倒れてしまいます。(少しすると起き上がるのですが、そこまでは動画が続いていません。)
状況失神とは、咳、排尿、嚥下などの特定の状況がきっかけで発症する失神のことを言います。ワンちゃんでは、経験的に老齢犬で認められることが多いと言われています。
ちなみに、状況失神は神経調節性失神に含まれます。神経調節性失神とは、自律神経機能に異常があり、過剰な迷走神経緊張から徐脈あるいは血管拡張、もしくはその両者が失神を引き起こすものを言います。状況失神の他に、恐怖や疼痛などがきっかけとなる情動失神や頸部を圧迫することで失神する頸動脈洞症候群が含まれます。
さて、今回認められた状況失神ですが、失神するのは決まって咳をした後でした。状況失神の治療の基本はきっかけとなる事象を避けることです。今回の場合、咳を止めていくことがそのまま失神の治療につながりますので、気管支拡張剤やステロイド薬などを使って咳をコントロールする必要があります。
今回の症例は、気管支拡張剤が体に合わなかったことと、その後実施したホルター心電図検査にて失神時の徐脈(脈が異常に遅いこと)が認められたことから、心拍数を上げる治療を実施したところ、症状が出なくなりました。
失神は、その原因疾患の鑑別が難しいため、もし倒れた現場に遭遇した際は、慌てずに動物病院を受診することと、獣医師と症状を共有するために動画を撮影することがポイントです。
今回ご紹介した記事が、とっさの出来事に対処するための参考になれば幸いです。
そして貴重な動画をご提供くださった飼主様に心より感謝申し上げます。